2016年7月8日金曜日

つながる人々

友人が結婚の報告を電話でくれた。

きっかけに少しだけ私が絡んでいるらしいので
直接のお礼と報告ということだった。
これは嬉しい。
SNS全盛の世の中だからこそ余計だ。
なんとなく人と人をつなげるのが好きで、
飲み会や交流会や趣味の会やら
なんやかかんやを開いたり開かれたり、
人と関わるのも好きでいいかっこしいだから
どんな相談や頼みごとも積極的に受けちゃう。

で、その流れで私の知らないところで
各人が仕事になったりつきあったり別れたり
別のつながりができたりとかしても
ほとんどの場合は報告なし。

まぁ6割は報告ない(個人の感想です)

かつては世界中の人から愛されたいと思っていた私も
最近では人々の記憶のひだに残ればいいやと思うくらいには寛容になった。

あぁカズさんのおかげでこんなつながりができたけど報告してないやと、
一瞬思い出してのたれ死んでくれたら最高にハッピーです。

1日3回私に祈って、
足を向けずに寝ろ
なんてことはのぞんでいません。

たまーに思い出してくれればそれでいい。

でも報告してくれたり、
さらにいえばモノをくれたり、
すごい人を紹介してくれたり、
仕事くれればもっと喜ぶ程度には愛されたい症候群です。
公私のちょっとしたことでつながりを持ったすべての人に幸あれ!
K君、Sさんおめでとう!

2016年7月6日水曜日

公共の場でニンジンを洗って食べた外人への違和感

先日の「公共の場でニンジンを洗って食べた外人への違和感」に関して
FBでちょっと盛り上がったので再考してみる。


もっとも多かったのが

「別にいいんじゃない。自分はしないけど」だ。

で、この何故しないのか?

を突き詰めると育った環境によるのでは、
つまり公共のマナーとは躾けと共同体による同調圧力なんではないだろうか。

祖父母、親、親戚、学校などで、他人様の前でものを食べるのことは

”はしたないこと”だから

”慎まなければいけない”

と教えられ躾けられる。

でもこれはある程度の家柄と地域による。
つまりいわゆる”育ち”の良さだ。


米国でもスーパーのお金を払う前に食べちゃう人いるけど
これだってハイクラスの人はしない。
情報が行き渡った上に格差が広がって中間クラスが下がったことで、
社会全体に育ちが悪くなった。
要するに民度が低いほうで平均化した。
そしてこれは世界的な傾向な気がするです。

法律で決めるほどでもないけど守ったほうが快適だというのが礼儀作法なんですよね。
社会や属するクラスタによってその線引きが違うからややこしいんだけど、、、
世界全体的に”誰も困らないからいいじゃん”となってきているような、、、
他人に不快感を与えないということは理由としては大事だ。
強引にまとめると

「公共の場でニンジンを食べることへの違和感」は
”育ち”に起因する部分が多い問題である。ですかね。

昔はお節介なオバさんやおっさんが注意をしていたんでしょうけど、
今時はだれもそんなことしませんからね、、、

なんで家庭で学校で会社で教えてあげましょう。


「それはしたないですよ」

”Can't you behave?”
追記:キュウリならいいのか?という反論は受け付けません。



元の書き込み:
コンビニで買ったらしきニンジンを飲む用(?) の水道で洗ってボリボリ食べてる外国人ランナー(?)。 常識ある日本の大人はしないと思うが、 これをするべきではない理由を外国人に論理的かつ簡潔に説明することは難しい。 移民どころか観光客が増えることはそういう小さな(?)が増えることでもある。 米住時代はみんながみんな自由すぎて気にならなかったなぁ。

昔、米人に寿司には醤油を直接かけないんだよと教えたら、 「あぁ、俺たちがビールをコップに注がないで瓶や缶から直接飲むのと一緒で、 明快な理由はないけどなんとなくしないことってあるよね」 と言われて、ちょっと違うと思ったけど、 めんどくさいので「そう、それそれ」と言ったことを思い出した。

2016年4月30日土曜日

レヴェナント

レヴェナントを観た後でオデッセイを観たら マットテイモンがおぼっちゃまに見えてきた。 ちなみにレヴェナントの感想は、



デュカプリオすげぇ、 デュカプリオすげぇ、 デュカプリオすげぇ、 です。


カメラの向きが360度クルクル回っちゃところをはじめ、
撮影業界にいるものとしてCGなしでどうやって撮ったんだの
連発な映画です。そうではない人にとってもそれなりに深いテーマを
追っているので見ても損はないかと。極限化での人間のすごさを
垣間見れます。見た後にちょっと考えちゃう系ですが、、、
エンドロールクレジットにコンタクトレンズスタイリストっていうのが あって驚いた。コンタクトも凍るような寒冷下での撮影で顔の超ヨリカットが
多いから大変だったんだろう。ちゃんと絵に生かされてるところがすごいなと、、、

全く関係ないですが、、、
私には漫画のサバイバルや映画のゾンビの影響か
昔から天変地異が起きた時にどうする? という妄想癖がある。





多くの小説や映画がそういうことを題材にしているところから
多分そういうことへの恐怖は誰でもが普遍的に持っている。
というよりも人類はそういうこととと戦い続けてきたんだろうな。
先ごろの地震を見ればこれだけ文明が発達しても結局人類はひ弱だ、、、

というわけで最近の愛読書はこちらです。


2016年2月26日金曜日

文句を言う前に、、、

25人に1人の年収1000万以上の皆さんが日本の所得税の半分を負担しているって知ってます?  via @Isseki3

人数においては300万〜400万未満の給与所得者が一番多くて全体の17.4%だが、所得税は6.4%分しか収めてないの。つまり日本の所得税の税収は、1000万円以上の人たちが半分負担していて、700万以上にすると7割近い。所得税は普通税だから使い道が決められていない。国の税収で一番負担なのは社会保障関係だから、貧乏サラリーマンの社会保障は、高額所得者が多くを負担しているわけですよ。


年収700万以上の人が所得税の7割を支えてる。
さらに言えば年収が300万を超えないと払っている税金
に対して受けてるサービスの方が大きいらしい、、、
ってなことをまとめると、
安月給のサラリーマンが金持ち不満を言うのはバカ息子が親に文句を言ってるのと一緒に近い。


最近はマイナス金利も後押しして起業すると1〜3%で500万くらいすぐ貸してくれるしダメでも保証人にならなければ返さなくてもいいし。使えば世の中に金は回るしいいことづくめです。給料安くて文句言うなら起業して社会貢献すればいいのに。
みんなが物を買わない> 物を作らない> 動くお金が減る> 税金減る> 国債を発行して乗り切る。 お金が動かないから銀行は貸す人がいない> それでも銀行が貸す先がない> しょうがないから銀行が国債を買う。 乱暴に言えばこういうこと。
起業すると新しい価値を生み出したり雇用がふえたりするのでお金が増えます。 だからお国は起業や雇用に対して様々な援助をしています。 さらにマイナス金利を銀行に課すことで持っているとお金は減るので貸さざるをえません。 しかも国は起業者を援助。
結果としてお金がたくさん回れば税金が増えるからです。

先程書いたたように、、、
年収300万以下で国や社会に文句を言っている人は 国から余剰なサービスを受け収入が少ないから商業活動に 積極的に参加しているわけでもないのにもっとアレクレコレ、 格差社会反対とかのたまっているとも言える。

税金をそこそこ払い、消費活動にも参加する年収600〜1200万くらいの 普通の才能を努力と根性でカバーしている層が一番日本に貢献している。 40歳くらいで独立起業しているとなおよし。な気がする。

子供や老人といった社会的弱者を救うためには 社会的強者が余剰に稼ぐしかないわけで 自分の食べる分だけを稼いで晴耕雨読な”もったいない”思想 なんて自分だけよければそれでいい独りよがりな発想なんです。 派手に稼いで派手に使ってダメなら自己破産する方が 銀行にブタ積み貯金して国債買っちゃう人よりはるかに社会貢献しています。

もちろん私は分相応で足るを知る生き方をしています。 弊社ではリスクをとった起業も怖いし、
ガツガツ働くのも無理です、
なんで薄給でいいやって人を大募集しています。

さてさて金曜日だ。

2016年2月23日火曜日

資格とか検定

帰国子女で英語がネイティブレベルの息子が
英検のインタビューで相手の質問の意味がわからず苦戦したそう。
英語の発音が悪く質問を聞き直すと言い換えないで繰り返すだけだから相当困ったらしい。
excuse me?を連発したのでAttitudeがやばいかもだそうだ。

まぁテストだから言い換えると条件が一律にならないからかもしれんけど、

なんだかね。

息子がパパの三倍下手だとかっていう言い回しをしやがるから、
リアルワールドは英語が下手な人との商売がほとんどだから
それに対応できないと意味がないんだよと言ってやった。

資格なんて飾りです。それが偉い人にはわからんのですw

言い換えができないというのは曲者で、
日本人でも同じフレーズを繰り返すだけの人って言語能力ではなくて
コミュニケーション能力に問題がある場合が多いような。
相手に伝わりやすい言い回しに代えてあげることができないんだから。
もしくは相手にどれだけ伝えたいと思っているかとか、、、
知人からNYのマックでHamburger は通じなくて
Cheeseburgerは通じたのでCheeseburger without cheeseで
Hamburgerを注文できたと聞いて感動した。

コミュニケートとはこういうことだよね。
一発で伝わる言葉を探すのは近道に見えて遠回り

ってなことをFBに書いたら結構な反響があったので、

*あらゆる処に資格ビジネスを感じ鵜呑みにしてる社会を感じます。
*コミュニケーションは相手に伝えたい気持ちが大事だね。今、企業もTOEICの点数こだわるとこ多いし職場にTOEIC800 点以上の人達いるけど、実践でコミュニケーションできるかは全然別の話しで点数は単に目安かな。
*そう言えば同じ経験しました
帰国子女として中学生の時に英検にチャレンジしましたが、面接官の言ってることが良くわからず。言い換えないのも自信があるからなのか、バカにしすぎですね。

英検取ったものの、社会に出て1度も資格を提示することなく今まできました。
おっしゃる通り、重要なのは資格じゃないですね。

*帰国子女あるあるですね〜。高校英語の先生とはとても仲が悪かったですw

*私の時は確か面接官はみなさん日本人の所謂英語教師の方々だったような。今もネイティブではなく日本人の方々が面接官なのかな?伝えようとしている内容が分からなかったら違う言い回しで伝えようとするのが世の慣わしよね。質問が決まってるから同じ事を繰り返す、しかできないのかな。日本の英検よりもケンブリッジ英検とかIELTSを受けさせた方が世界的に認められているから息子君の将来のCVに彩りがついていいかも。IELTS, the International English Language Testing System, is designed to assess the language ability of candidates who need to study or work where English is used as the language of communication. IELTS is required for entry to university in the UK and other countries.




何でちょっと追記、、、

一つの目安として英検という存在を特に否定はしていませんが、
漢字検定とか江戸検定とか、さらには何ちゃらソムリエとか、、、
なると何だかね。

そもそも私は運転免許以外のあらゆる資格を持っていないし大学も中退だ。
人から何かを習って認めていただくということに対して全く興味がない
というよりもできない。人の話を最後まで聞けない、途中で飽きる。
という分別のある大人として多大な欠陥を抱えているからだ。
そんな私でもどうにかなるから人生は面白い。

それでも何かの入口として資格や学歴ってそれなりに重要だとは思っています。
ただ入ってからはあんまり関係ないような、、、
それにわりと裏口でもどうにかなるしw
資格のための資格ニストの話は別ですが、、、

昔のブログ

神社検定!

2016年2月18日木曜日

ドッジボール

via @logmijp

例えば、みんなが校庭でドッジボールしてるときに、そこからドッジボールに入っても「勝てないな」というような気がいつもするんですね。だから、みんながドッジボールをやっているんだけども、僕は鉄棒でたった1人から始めて、その鉄棒で何かおもしろいことをやっているうちに、ドッジボールをやっている人たちから「仲間に混ぜて欲しい」って言われるほうがいいかな、というようなことで考えてるような気がするね。企画というか。
僕は秋元さんの考えに近くて競争の激しいところ
以外でやっていきたいなとは思う。
でもゲリラで行くってことは主戦場はあるわけで、
ということは主戦場がどこかというマーケティングはしてるんだよね。


だから探しているわけですよ、つまり。


僕の仕事のスタンスはさらに非常にシンプルです。
これがやりたいとかあれがやりたいとか
実はあまりなくて頼まれたことをやるです。
だから営業があまりできない代わりに
予算も内容も拘らずになんでも受けます。
基本的に断ったことはありません。
(後回しになっちゃうことはある。ごめんなさい@各位)
声をかけてくれるってことはカズさん/トボガンなら
なんとかできると思ってくれたってことだから、
応えられるはずだと思う(ようにしている)



ドッジボールに誘われれば一応やるけど、
そーっと離れていくようにしていきます。
そもそも得意じゃないのはみんなわかっているからあまり誘われないし。
でもボールが木にひっかかちゃって、
「取ってくれ!」
みたいなことはよくあるので、
なんとなくドッジボールの側にはいる。
白線引いといてあげたりとかねw

だからドッジボールに夢中な
みんなが見ていないものを漁ってたり、
そもそも何でみんな夢中なんだろう
ってことを観察してたり。
次は野球かもなんてことを考えたり、、、



とにかく争いごとが嫌いで平和主義者な私はとにかく誰もいないところでのんびりやっていきます。

2016年2月14日日曜日

がんばれビクトリー

”絶対生音主義”ガンビクこと
がんばれビクトリーのライブに行ってきました。

彼女たちとは番組で知り合ってかれこれ4年くらい。
当時は16、7で佐賀県唐津に住む女子高生達だった。
小学生からバンドを組んでいて、賞も取っていた彼女達は
そこらの即席アイドルバンドとは明らかに違うものを持っていた。

それから色々とありながらも彼女達は上京して、
幾つかの番組やイベントに立ち会いながら、
なんとなく遠い親戚的な立ち位置で付き合ってきた。

いつの間にかガッツリ人気も出てきていて、
今日もエッグマンでの単独ライブはきっちりと埋まっていた。

アイドルのライブなどに行くとよく思うのは、
色々と言う人もいるけれどやっぱり彼女達はすごい。
徹底してお客さん達を楽しませている。

200近い大人が彼女たち掛け声と共に嬉々としてジャンプする。
一時間強のライブが強烈なストレス解消になっているだろうことを想像すると
改めてアイドルの凄さを感じる。

それってつまるところエンターテインメントの原点なんですよね、、、

そういう業界のはじっこにいて自分にはそれができているだろうか?
と思うばかりです、、、

こちらのブログも面白いです。

アイドル音楽が金になってバンドが金にならない理由 
~音楽的に優れているということの価値~


『それは、自分達が何をすれば、他人に、社会に、価値を提供できるかを考えることでしょう。
アイドルは、それができています。
そこを真剣に考えられないと、音楽で商売はできないかもしれませんね。』

でも、まぁ結局のところ、これって全ての職業に言えること。
寝ないで仕事した、休んでない、頑張ってる、、、
でもそれは上司や会社や顧客のことを考えてるかどうか?
役に立っているかどうかが重要。

頑張ったという過程を評価してくれるのは学校だけです。
ってっことを学校で教えるべき。
でもこの視点チェンジができない人多いんですよね、、、、