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2011年11月25日金曜日

生意気にも石川県についてまじめに語ってみる 補足

 勢いで書いたので少しばかり書き漏らしたことがあるので補足します。


 三年後に北陸新幹線が富山ー金沢間で開設予定なので、開通すれば関東近県からはグッと近くなります。しかし東北新幹線開通後に言われている事にみんなが来やすくなったよりも、出て行きやすくなったと...つまりアクセスが良くなれば問題解決ではないという事です。もちろん悪いよりいいにこした事はないと思いますが。起爆剤にはなりえるとは思います。三時間強なら遠くないと考える人は多いです。


 石川県は小規模農家が非常に多いです。今後進むであろう農業の起業家の流れの中で移住者に土地ごと貸し出す事業等も良いと思います。農業遺産に選ばれた事はそのような動きを加速するでしょう。




能登半島/石川県七尾の旅 その一






七尾市のブログにてご紹介いただきました。

いきいき七尾魚 ~能登半島の七尾から旬の美味しさを~

2011年11月21日月曜日

生意気にも石川県についてまじめに語ってみる2

  前回はまるでインチキ英会話学校のWEB広告のような終わり方をしてしまいましたが、答えは沖縄県です。05年から10年の五年で3万人増です。ちなみに同時期で石川県は5万人減っています。 沖縄以外で増えているのは元々人口数上位の東京、神奈川、大阪、愛知、埼玉、千葉、福岡、あとは見事に人口減です。並んでいる県を見れば三大都市圏への集中、特に関東への集中の度合いが手に取るようにわかります。東京だけでなんと60万人も!海外からの流入組もいるとはいえ出生率が全国最低なことを考えるとまさに東京が吸い上げてる感じですよね。 都道府県の人口一覧


 首都圏ではない沖縄県が伸びている理由は単純に一つは他県と比べて圧倒的に高い出生率(ちょっと古いデータですが)。もうひとつは県外からの移住者が多いということです。失業率は例年ダントツ一位。ここ10年常時7%越えで全国平均4%強と比べても高水準にも関わらずです。
 沖縄の人口が増えているのは極論してしまえば結局は住みたいとか、産みたいと思える環境だからだと思うんです。つまり観光客を誘致するのではなく、もちろんそれも地場産業の育成に必要ではありますが、なによりも県民が住みやすい環境を作ってあげる事だと思うんです。沖縄県が主体的に何をどのくらいやっているのかはネットで調べただけではわかりませんでしたが、考えられるのは圧倒的に暖かいという天候という気候風土。かつての琉球的な異国感でしょうか。実は行った事がないので全て推測です。では天候の利がない県はどうすれば良いのか?首都圏的構造を目指していく事は現実的ではなさ過ぎるのでこの際除外します。


 それは高齢者の誘致です。石川県だけではなくて、岩手県、宮城県の方々と話した時もみなさん若者が減った、若者を呼び戻すにはどうすればいいのかなどと言った相談を沢山受けました。でも少子高齢化で若者人口がそもそも少ないうえに一般的な若者はお金を持っていません。職もなくお金もない若者が町にあふれてもできることはニートになるか犯罪に走るかだけです。そんな若者リソースを取り合うよりも、年金生活者を呼ぶ施策をどんどんするべきだと思うのです。仕事をすぐには探す必要がないであろうこれらの人たちが増えれば必然的に仕事は増えてきます。結果としてその周りを囲む形で若年層の定住者も増えてくるでしょう。


 沖縄県でも県外からは定年後をはじめ早期リタイヤ、プチリタイヤ組が数多く移住しています。もう一つのポイントは教育に力を入れているため東京との二重生活をされている方も結構いる点です。私の友人でも長野への移住(二重生活)を決めた方がおります。都会暮らしに嫌気がさした彼が長野を選んだ理由は教育レベルの高さです。


 高齢者優遇賃貸物件、バリアフリー環境の推進に加え、教育の充実などが結局は人を呼び込む原動力となっていくのではないでしょうか。それらに加えもう一つは以前”ななお”の男女共同参画都市宣言なるもの でも書きましたが、女性の頭脳を積極的に取り込むようにして他県との差別化を図っていくのも良いのでは思いました。教育の充実とも連動しますが、0歳保育や24時間保育、産休/育休充実などぶっちゃけ子供自体は減っているので子供一人当たりに掛けられる予算はむしろ増えているはずなんです。

 ”高齢者が住みやすくて教育が充実した町づくり”これって考えてみれば当たり前の事なんですよね。真理とは当たり前のところにあり、当たり前のことが当たり前に出来ないこともこれまた真理(by私)



 石川県ならではの伝統工芸教室、小規模農業、産地直送で食べられる食事などくるべき条件は沢山あるんです。都会に疲れた人が行きたい場所はエセ都会じゃない。能登半島にはマックが一軒しかないと聞きました。なんと素晴らしい!ファーストフードもファミレスも全く必要ない。いっその事大型店、チェーン店禁止エリアを作ってもいいくらい。画一的な同じものを見たくて移住する人は少ないので、如何に都会と違うものを出せるかのほうが重要です。東京にあるものはいらないくらい振り切ったら面白いと思うんですけどね。でもきっと地元の人にしてみればそう言う訳にも行かないとは思いますが...。


 ここまで振り切った話しはしていませんが、市役所や県庁の方々にこのような話しをしたところとても興味深そうに聞いてくれました。本当にありがとうございます。私のように専門家でもない他県の人間の話しを真剣に聞いてくれるこの姿勢はやはり県の宝だと思います。そしてまた能登の土、石川の土を愛し地元を離れずがんばられている方々の想いも同じく尊いものです。
 
 ボランティアや炊き出しで311の被災地に足を運ぶたびに、多くの事が被災地だけではなく日本全体の問題であるとあらゆる場面で感じました。そして今回被災地ではない日本の地方とじっくり向き合ってみてその想いを新たにしました。日本を離れアメリカに住んでいた事で日本に住みつづけていた人には見えにくいものが見える場合があります。そんな視点が少しでも役に立てればと日々考えております。元気な地方が結局は東京を元気にする、さらには日本を元気にできる。そして元気な日本は世界を元気にできると信じています。やれる事からやっていきましょう。 



生意気にも石川県についてまじめに語ってみる 補足



*データーはなるべく一次データーにあたるようにしておりますが、古い、間違っている等がご指摘頂ければ幸いです。分析に関しましても筆者の個人的主観に 基づいて書かれておりますので内容の不備、間違い、思い込み等は笑って許していただけるようお願い致します。また、この文章はいかなる個人、団体、組織を 中傷する目的では書かれておりませんことも併せてご理解いただければ幸いです。*




生意気にも石川県についてまじめに語ってみる1

能登半島/石川県七尾の旅 その一











生意気にも石川県についてまじめに語ってみる1

 11/16,17と石川県に行ってきました。能登半島はいいとこなので是非一度来て下さい。色々と計画している事があるので、相談にものっていただきたいんです。という誘いにのってふらふらと。その顛末はこちらに。能登半島/石川県の旅

 美しいものを見て、美味しいものを食べて、素敵な人たちに出会って帰ってきたのでは思いで作りの旅になってしまう。石川七尾から始まるビジネスを考えようと言う事で伺ったわけですから、さすがにそれではまずい。そこで今回の招待者である陶芸家の東龍さんにお願いして七尾市役所と金沢にある石川県庁の方を紹介してもらい地域振興についてお話しを聞いてきました。官僚国家日本では何かを始めるときに行政側のスタンスを知っておく事も大事だと思ったからです。

 市役所、県庁どちらの方もとても熱い方々でした。いかにして石川県を盛り上げていくかに腐心され、郷土愛にあふれております。色々と興味深い話しも伺ったのでちょっとまじめに考察をしてみます。

 まず、そもそも観光や産業を役所が振興する目的とは何だろう。

 ”税収を増やして県民/市民により良いサービス(インフラ、医療、教育など)を提供する”

 で大旨間違ってはいないだろう。で、そのためにするべき事とは端的に言ってしまえば以下の事に集約されると思う。

1)人口を増やすもしくは人口減に歯止めをかける。
方法1 少子化を止めて子供を沢山産めるようにする
方法2 外からの定住者を増やす。

2)産業を育成し経済を活性化。
方法1 県外に物を売る=独自産業の活性化や地元産業の強化育成
方法2 県外から人を呼ぶ=県外からの観光客の誘致

 この中で最も問題となってくるのが雇用の確保でしょう。なぜなら1)の方法2を達成するのには雇用が必要で2)が達成されれば雇用は自然と増えてくるものである。

でもこれらの問題って石川県だけの問題でしょうか?


 重工業や製造業での雇用創出はそれらの産業が国際的にも厳しくなっていく時代に、工場を誘致して何千人雇用!みたいなことはなかなか起きにくくなっていきます。そこで私が手伝えそうなソフト面、観光、文化、広報部分で考えてみたいと思います。


 まずは観光から見てみましょう。 七尾市役所の方も県庁の方も観光客自体はけして少なくないとおしゃっていました。年間200万人(2009年)も訪れており、日本を訪れる観光客の総数が680万人(2009年)なので約3人に1人の外国人旅行客は訪れていることになります。かなり乱暴な計算ではありますが指針にはなると思います。日本有数の観光地兼六園の存在は大きくかなり多いなという印象です。しかしながらいわゆるツアー客が多く、特定の企業や場所だけで経済が動くために面での波及効果がうすく観光収入全体としてはかならずしも成功しているとは言いがたいのが現状だそうです。つまり点ではなく面での効果が求められていると語っていました。

石川統計指標ランド

日本政府観光局


 次は観光や県外から収入の要となる伝統工芸。加賀友禅、輪島塗り、金沢箔、七尾和ろうそく、九谷焼き、など枚挙にいとまがありません。ですがそのほとんどが厳しい側面をむかえており、潤っているとは言いがたい状況だそうです。参考:石川伝統産業工芸館


 文化事業でいえば七尾では20年にわたりカリフォルニア州モントレーと提携してモントレー・ジャズフェスティバルin 七尾を行っています。市によればイベントそのものは毎回盛況だが、特に七尾がジャズ文化が根付いている訳ではない。つまり単発のイベントになってしまい、平時の動きの活性化にはつながってはいっていない。地元の小学生等にはジャズが普及しはじめており広い意味ではゆっくりと根付きつつはあるそうです。


 県庁ではざっともらっただけでもこれだけの刊行物をだしており、さらにはイベント、キャラもの、マンガ(県出身者の永井豪さんも参画)、北陸三県での合同企画も盛りだくさん。さらには世界農業遺産にも選ばれました。

これはほんの一部です。



 しかも最近では幸福度調査では北陸三県がベスト3を取り石川県は3位に選ばれています。
幸福度調査 “青い鳥”はそばにいた

 一方では居住意欲ランキングでは21位とパットしません。
"働き盛り"と"学生"では 住みたい地域がにここまでちがう
~都道府県の居住意欲ランキング~   

 そしてこれだけの知名度と歴史と財産と広報活動があっても七尾では一日に70人も人口が減っているのです。もちろん七尾から金沢への移動もありますが、石川県全体でも10年前から人口減少は始まっています。少子化に加えて3大都市圏への人口流出がが多いようです。日本全体が少子高齢化が進み人工が減っているので全国で起きている問題なのです。

都道府県の人口一覧より抜粋

 そんな中、着実に人口をのばしている県があります。私はここに地方がそして日本全体が考えるべき道があるような気がしているのです。

 というわけで生意気にも石川県についてまじめに語ってみる2へ続く 近日公開!


*データーはなるべく一次データーにあたるようにしておりますが、古い、間違っている等がご指摘頂ければ幸いです。分析に関しましても筆者の個人的主観に基づいて書かれておりますので内容の不備、間違い、思い込み等は笑って許していただけるようお願い致します。また、この文章はいかなる個人、団体、組織を中傷する目的では書かれておりませんことも併せてご理解いただければ幸いです。*

2011年11月20日日曜日

能登半島/石川県七尾の旅 その五

石川県在住の陶芸家東龍知右門さんに誘われてふらふらと石川県七尾から鵜浦へとやってきました。

その一 東京から七尾へ その二 七尾から輪島へ
その三 七尾の夜はふけてゆく その四 神々の時間と鵜浦
 さて、美しいものを見て美味しいものを食べて楽しい話をして、こればかりでは単なる息抜きではないですか!という事で東龍さんにお願いして、行政の方々にお会いしに行ってきました。ここまでのお会いした方々は最前線で動かれているので当然熱く、思い入れも強いです。でも全体を把握して動かしていくのに、官僚国家日本の場合は行政の方の役割は非常に重要です。という訳でまずは七尾市役所へ。
 とんでもなく熱かったです。いかにして七尾を能登を石川を盛り上げていくかに大変腐心されているのには感動すら覚えるくらいです。もちろん現場側からの要望全てに答える事は難しいですから、不満の声もあるでしょうが、少なくとも、本気で心配して動こうとしている気概を充分に感じることができました。

こんなにも沢山、七尾の特産品はあるんですよね。もちろんご当地キャラも!!

 ばりばり左な方が区長になる前から”税について考える”が小学校習字コンクールのお題な世田谷区もすごいと思っていましたが、この標語もすごいです。とても小学生が考えたとは思えない。
七尾市もちょっと左寄りなんでしょうかね。


 そう考えるとこういった宣言の背景もみえてきたりするわけです。それはそれとして宣言自体は素晴らしいと思っています。東京に戻ってすぐにこんなブログも書きました。「”ななお”の男女共同参画都市宣言なるもの 

市役所の方から七尾のご当地朝穫れを是非味わっていって下さいとの事で、市役所すぐ横の幸寿しにて昼食。美味かったです〜〜。魚はもちろん米も醤油も地元のもの。イカには珠洲の塩!天ぷらもトンカツも塩派な私のような塩好きにはたまらんですわぁ〜


 そして一気に金沢へ移動して今度は県庁の観光課の方のお話しを伺いました。こちらの方も熱い。猛烈に熱い!!郷土愛がひしひしとつながってくる。

中日新聞:幸福度調査 “青い鳥”はそばにいた

 法政大学が発表した幸福度ランキングでは一位福井、二位富山、三位石川と北陸三県が並びました。しかしながら人口減にも苦慮しているこれらの県でどのようにして経済をまわして人離れを防ぐ事が出来るのか?じつはこれって石川県だけではなく日本の地方行政が持っている問題点、つまりは日本そのものが持つ問題点なんですよね。震災後の岩手や宮城で漠然と感じていた事を今回の石川行きでも感じました。人口減と雇用喪失の中で新たなライフスタイルの提示が必要となってくるのでは。その辺のことはまた改めて...

 最後に加賀の伝統野菜五郎島金時のソフトクリームを食べました。もちろんマイウ〜です。



 金沢駅からはくたかで越後湯沢へそこから新幹線で東京へ。計約4.5時間、で約12000円(指定席)。しかも越後湯沢では別ホームなので階段の昇り降りあり。夜行バスなら金沢まで約8時間強で4000円。東京からのアクセスの悪さは否めないですね。三年後に北陸新幹線が富山ー金沢間で開設予定なので、開通すればグッと近くなりますね。

 なんかガムテで作った風の文字が可愛い。


 という訳で今回の石川県の能登半島七尾、輪島、鵜浦の旅紀行?を終えます。市役所や県庁の方とのお話しの考察はこちら

 今回の旅行では呼んで下さった東龍さんと2日間運転をしてくださった奥様には大変感謝しております。また沢山の石川県の人々と知り合えた事も嬉しい旅の成果です。

以下戻ってきた直後のつぶやきです。


”東京に戻りました。
とにかく石川よいとこなので色々とお知恵を貸して下さいという申し出にさそわれてふらふらとお伺いした今回の能登紀行でしたが、
なんだか美味しいものを食べて、美しいものを見て、
素敵な人達に出会って、まんで楽しかったです。

  とはいえまだなにも動いていないのでビジネスとしては成立しておりません。
今後も罪悪感なくなんども行けるよう石川県、能登半島、七尾の盛り上げを
画策していく予定です。

  それにしても東京生まれで東京育ち、25歳から17年間も海外で暮らしていた僕が、震災をきかっけに岩手県、宮城県、福島県をに足しげく通ったり、縁もゆかりもない石川県に呼んでいただいたりと不思議なもんです。昨年までは外国には30国以上行っていますが、修学旅行を併せても国内では10県未満だったんです。
人生とは不思議なもんです。一つ一つの出会いを次への出会いへとつなげていきたいものです。まだまだ行った事のないとこがあるかと思うとワクワクしてきますね。”
2011/11/17 

生意気にも石川県についてまじめに語ってみる

能登半島/石川県七尾の旅 その一

能登半島/石川県七尾の旅 その四

 石川県在住の陶芸家東龍知右門さんに誘われてふらふらと石川県七尾から鵜浦へとやってきました。

その一 東京から七尾へ その二 七尾から輪島へ
その三 七尾の夜はふけてゆく

 さて、楽しい夜を過ごした翌日。五時に起床。ホテルの窓から朝焼けが見えました。 陽が沈む直前の光は最も柔らかく美しい事から撮影業界ではマジックアワーと呼ばれています。三谷幸喜さんの映画のタイトルにもなっていますね。夕焼けが有名ですが、陽が昇る直前の朝焼けもマジックアワーなんです。 昇る直前は一日で最も気温が下がります。ぴりぴりした空気の中、遠くからうっすらと明るくなってきて、何かかが始まるかのようなゾクゾク感、太陽が顔を出すその瞬間ま での分刻み出での空の色の変化は本当に美しいです。ご来光が出たあとは明るさがますと同時に気温も上がり始め、儀式の終わりを感じさせます。

まさに神々の時間。



 アメリカでロケコーディネートをしている頃にはそれこそあらゆる場所で日の出と日没を見てきましたが、だらだらと始まってだらだらと終わる夕方よりもメリハリがあって、個人的には朝の方が好きです。時間が短いのでロケ時は夕方以上に戦場となりますが...。 撮影をしてない日にマジックアワーを実感すると今この瞬間に走り回っている人たちが沢山いるんだろうと思い、うまく行きますようにと一瞬願ってしまう。一種の職業病ですね。

富山湾と七尾湾と隔てるように突き出している能登半島の真ん中あたりに位置する鵜浦。息をのむような美しい日の出!



 早起きしたのは朝焼けを見るためではなく鵜浦にある鹿渡島定置へいくためでした。 定置網を主体とし、漁船一台で運営されている網元です。平均年齢33歳の若い漁師軍団。
イケメンぞろいです。


 この日は潮の流れが早くて穫れ高はイマイチだったそうです。色々と魚の名前を教えてくれたのですが、忘れてしまいました...。ブリとカワハギだけは覚えてます。鴨と香箱蟹は輪島からの頂き物だそうです。あとはイカも!


 代表の酒井さんから色々とお話しを伺うといいつつ朝飯をご相伴にあずかりました。
穫れたてのイカとフクラギ(35-60cm以下のブリ)、輪島の香箱蟹のみそ汁、香箱蟹のウチコ。ウチコとは殻の中にある未成熟のタマゴでどろっとしています。外側にあるのはソトコとよばれてつぶつぶしているそうです。刺身は漁師の皆様の食べ方を真似してネギをのせて唐辛子をふって醤油をかけて食べてみました。美味かった〜〜!
 

 若い人が多い網元という事で次世代につなげられるような新しい形の漁師を模索されておりました。価格が安定している農業と違い日々値段が変動する漁業の難しさを伺いました。常々日本の農業もアメリカのように価格変動するべきと思っているのですが、こうやって実際に市場原理と自然の間で奮闘されている方からお話しを聞くと外から見るだけではわからないものが沢山あるんだなと痛感させられました。特に定置網漁法はがんばれば沢山取れるという訳でなくて穫れ高が完全に潮まかせなので、天候に大きく左右される農業とは近いものがあります。やはり現場の話しを聞くというのは非常に重要ですね。



 定置網漁法は日本独自(富山県氷見では400年の歴史がある)のものと言われており、環境に優しい漁法として近年世界中から注目を集めています。富山湾は1000mの深度があり、天然のいけすともいわれ、とても定置網業法に向いているそうです。詳しくはこちら

 こちらでは直販や自前の加工にちからを入れているので興味を持たれた方は是非オーダーしてみてください。鹿渡島定置。お任せコースにすれば旬のものを厳選して入れてくれます。魚種を指定しまうと手元になければ別市場から引っ張ってこなければならないので、割高になります。(それでも都心部よりははるかに割安ですが)魚の事は漁師に聞け!と思うのでお任せが一番かと思います。頼めば卸して送ってくれるので色々と相談してみるのもいいかと思います。

網にかかった神様です。衣装からおそらく韓国の物のよう。なんかこういうのって不思議でいいですよね。海でつながってるんだから当たり前なんですけどね...




まるでトトロのロケ資料のような鵜浦の田園風景。右上は日の出直後です。




 東龍さんがプロデュースされる九谷焼と輪島塗の融合、伝統的新工芸KyuWaが紹介されているブログ:木挽町便りがありました。ちなみにこのブログのリンク先にあるニッポンのワザ.comも素晴らしいWebマガジンですので是非。石川県の伝統工芸はもちろん日本各地に伝わる匠の技を紹介しています。

その五へつづく


2011年11月19日土曜日

能登半島/石川県七尾の旅 その三

石川県在住の陶芸家東龍知右門さんに誘われてふらふらと石川県七尾から輪島までやってきました。

その一 東京から七尾へ
その二 七尾から輪島へ
 輪島でなんとも高尚な時間を過ごさせていただいた後は一路七尾へ戻ります。七尾−輪島間は約60キロあるのですが、その間はほぼ山間部で人家もほとんどありません。ちょうど紅葉シーズンということもあり、車窓からの景色はとても美しかったです。でも夕焼けは山間部のためあまりきれいには見えませんでした。どっちにしてもまったく写真を撮ってません。この辺でうっすら気づいた事は能登半島ってかなりでかくねーか?って事でした。中心部である金沢を含んでないのに結構な移動距離です。
 さて、夜は東龍さんの経営するPassione Ritrovo Kiricoで地元の方々との懇親会という名の飲み会。七尾湾で取れた魚介類と朝取りのキノコをふんだんに使ったピザとパスタをいただく。ナポリばりの石窯の威力は絶大でした。コゴチのエスカベッシュも美味しかった〜。また陶芸家である東龍さんの焼き物が贅沢に使われているので、自分が一瞬どこにいるのかわからなくなるくらい洗練された料理を堪能させていただきました。
 飲み会という名の懇親会に参加したのは地元で焼き物をされている方々が主体。七尾の方が半分、金沢の方が半分ほどで計10人ほどでしょうか。そこでは石川県のこと、七尾のこと、芸術のことなど、沢山の実り多きお話しをさせていただきました。
 そしてなんとその様子が地元の北陸中日新聞に紹介されてしまいました。なんだか美味しいもの食べて、わいわいやっていただけのような気もしますが、一応新しい事を始めようとしていると取っていただけたようです。ありがたいことです。というか引っ込みがつかなくなってしまいました。

 
 私にとって興味深かった話しの一つが地名に関する挨拶の流れ。例えばお互いが七尾市の出身である事が確認された次の質問は町名。ここまではいいのですが、その次が屋号らしい。屋号?在所ともいうらしい。すくなくとも私の生まれ育った西東京でも、その後の人生でも何度なく繰り返されてきた、出身地応答の中で一度たりとも聞いた事がない単語。屋号と在所。
 Wikiによれば「屋号」とは1)名字を持てない商人や豪農が取引に必要なために使ったものと、 2)古くからの地域や特定の集まりに根付いた家にその特徴を使ってつけたもの。また、地域によっては家の姓に代わるものとしても用いられたりもしているらしいです。(Wiki屋号より要約)
「在所」とはgoo辞書によれば  
)人が住んでいる所。また、物が存在する所。ありか
)郷里。くにもと。「生まれ―」 
)都会から離れた地方。田舎。ざい。「―住まい」 

 在所という言葉も普段私は使った事がないし、屋号と言えば1)お店の名前でしか使った事がない。この場合は屋号も在所も2)の意味で使われている。

  さらに驚くのがその次の質問が長男/長女か次男/次女だそうです。これにはもっとびっくり。以前岡山の出身の女性が彼氏が出来るとまず長男か次男かを聞かれるといっていたことがありました。これは家督をつぐとかつがないとかそういう関係の話しです。でも能登ではそういう事とは関係なくとりあえず聞くそうです。わりと東京以外ではどこでもそうなんでしょうかね。今後あちこちで聞いてみようと思っています。


参加された方のブログはこちら
能登半島で暮らす芸術的な日々
岡山院長のつぶやき

その4へ続く

能登半島/石川県七尾の旅 その二

 石川県在住の陶芸家東龍知右門さんに誘われてふらふらと能登半島までやってきました。

 以下ツイッターでつぶやいていたものに加筆修正して旅行記風にまとめたその二です。
その一はこちら
AM9:20 七尾に着きました。快晴!
東龍さんと合流して七尾湾へ。ここは湾に面した食彩市場の裏手です。この写真は今旅行の発端となった東龍さんの経営する
Passione Ritrovo Kiricoの二階から撮っています。
 裏手とはいえメニューやデザインを手伝ったジーノ・クォーモが窓から海が見えるレストランなんてまるでナポリのようだと大絶賛した好立地。夜はここで食べる予定。

 隣では七尾湾の干物を作ってました。
 七尾市から輪島市まで約60キロをいきなり移動して輪島です。何でもない町の景色に既視感を感じてしまい、何となくパチリ。 そして紅葉が素晴らしい!
 

 昼食は輪島の朝市のそばにある寿司処 伸福。ここの寿司まじでヤバすぎなうまさです。のどぐろの握りなんて初めて食べました。朝どれの地物握り、のどぐろ、クエ、カニ、サバ、ナマコ、白子、カマスなど10かんで2500円。ランチとはいえこんなに高級魚ばかりがはいってのこの値段は相当安いと思う。ノリのみそ汁もちょーうまでした!

輪島にて輪島塗 沈金作家山岸一男氏のお話しを伺う。うるしをふいた建具と漆喰があまりに美しく建てたばかりか尋ねた所、築15年以上と聞いて驚く。漆はホコリを最も嫌うので掃除は大変なんですとおしゃっていたが、廊下のさんにいたるまで隅々磨き上げられていました。
 山の水を鉄瓶にいれて囲炉裏でゆっくりと沸かし、目の前で挽いた豆でコーヒーを淹れて頂く。氏の一連の所作は美しく味も絶品。所有する二つの鉄瓶について語られるときに”水が柔らかい”、”水が荒々しい”など表現まで雅だったのも印象深い。とてつもなく豊かな時間。この囲炉裏がまた素晴らしい。近くの大工さんに檜を使って作ってもらったそうだ。とにかく一つ一つの持ち物全てにドラマがあるのだ。



 山岸さんの作品群。写真ではすばらしさが伝えきれないのが残念。何とこの波線をフリーハンドで彫って描かれています。沢山の作品を惜しげもなく見せていただきました。目の保養とはまさにこの事です。さらには触らせていただいたので芸術を”愛でる”という貴族の気分を少しだけ味あわせていただきました。



その3につづく






能登半島/石川県七尾の旅 その一

 石川県在住の陶芸家東龍知右門さんからかねてより、色々と面白い事を企画していきたいので協力して下さい。とにかく石川県七尾は良いとこなので何はともあれまずは一度来て下さい。誘われつづけていました。と言う訳で行ってきました。
  以下ツイッターでつぶやいていたものを加筆修正して 旅行記風にまとめてみました。
 今から能登半島へ行ってきます。度かさなる岩手行きで長距離のバス移動にはすっかり慣れたので、経済的にもお得な夜行バスにしてみました。新宿のバスターミナルはとっても近代的でちょっとビックリ。人生初の石川県楽しみです。でもさむそ〜!

 GateA,B,C,Dと表記しているけど出口は一つ。いわゆるスペースマウンテン方式。それGatじゃなくてLineだろ!それからエーゲートって連呼するなら、表記もそうしてよ。


 さらにはドアから外に出て100mほどバスまで歩く。並んでいるバスの前で「何々号車はこちらでーすっ」 と誘導。さっきGateで振り分けた意味無し!?
これだったら時間になったバスの人だけをドアから出せばいいだけでは? 特に混雑緩和に役立っているとも思えない。多分空港風に作りたかったんだとは思うけど、若干力の入れ方が違っている気がする。
 バスはほぼ満席の中、私の隣は空いている。幸先いいぞ。でも足のニオイがどこからかほんのり、、、。マスク持ってて良かった。最近のバスのシートはかなり倒れるし目隠しもついてるので意外と快適そうだ。昔のスキーバスとは大違い。いまでもそのてバスは相かもしれないけど。23:20にバスは出発。新宿が最終集合地なので出発と同時に消灯。

 出発から3時間、AM2:30 松代PA到着。 いつも行く東北道は深夜でも普通車も多いが、ここではバスとトラックしかいない。売店も閉まってる。ちなみにそれ程寒くない。
  現在能越道を爆進中。空の青み、木々の緑、家並みの佇まい、当たり前だがいつも行く東北とは一味違った空気感を持って存在している。知らない街に行くってどうしてこんなにゾクゾクするんだろう。

 旅は時間をかけて目的地に入ると気持ちの高揚感が楽しめていいですね。もちろん時間に余裕があればですが、、、
  AM 7:00金沢到着。ここでほとんどの人が降りてしまいました。乗った時はほぼ満席でみんながフードをおろしていたので、まるで近未来の冬眠装置付きのロケットみたいでした。乗り込んだ時に”ぎょっ”としてしまった事は内緒だ。
この写真をつぶやいたときにはストローラーみたいとおしゃっていた方がいたが、乗り込んだ時には大人がぎっしりと座っているので印象はかなり違っていました。
 AM8:10 道の駅 高松到着。 ついに 日本海きたー!子供の頃の富山以来だから35、6年振りかな

その二につづく