2015年12月5日土曜日

格闘技と武道

*「日本の格闘技ブームがなぜ廃れたか、その理由を教えよう」ヒクソン・グレイシー独占インタビュー!

何より嬉しいのは、この大会では、最近の総合格闘技で失われつつある「武士道精神」が復活するようなルールを採用していることです。私はこの大会を機に、再び「武士道精神」の素晴らしさが広まることを願っています。


確かに日本発の武道にはリングすらない。
西洋での格闘技はゲームというより根底が闘牛や闘犬と同じ感覚なのかも。
相撲はもちろん剣道も柔道も道場に は神棚がある。武道は神前で行う神聖なもの。捕虜や奴隷同士を見世物として戦わせたことが原点と思われる西洋格闘技とは発祥も発展も違うのでは。つまり日 本の武道はそもそも単なる強さを競い合っていない。

だからヒクソン氏が言うところの「戦」と言われると少しだけ違和感を感じてしまうのは私だけ?まぁでもUFCが今一つの理由としては大変面白く興味深い考察ではあります。


武士道と武道は若干微妙で、本来神に捧げる神聖な要素を持っている。日本の武道と葉隠
に代表とされる死ぬとこ見つけたり的なものは存在意義がごちゃごちゃになっている。天皇自体も神格化されているし、儒教の影響なんかも混じっているからさらにややこしい。日本のこの辺の概念は実は相当に混みいっているので系統立てて説明するのは難儀です。

いずれにせよ単純に強さ対決ではない要素というのが日本の武道にはあると思おう。
道を極めるみたいな。だからこそ型の試験があったりもするのだろう。格闘技で型の美しさを競うなんて日本と中国以外ではないのでは?ムエタイのように神に捧げる的なものもあるからアジア的な発想なんでしょうね。

騎士道のようにフェンシングなんかは多少そういうのもあるのかな。

リングがあるっていうのはあるていで逃げ出す可能性があることを前提としているような気もするので、やはり日本の武道とは根本が違う。剣道なんてどこを打つか言いながら打つなんてもはや格闘技としては趣旨が変わってる。

だからこそ美しいという部分はある。

何れにしても年末のRIZIN楽しみです。

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