2015年6月25日木曜日

努力は報われる?



「真面目にコツコツ努力しているのに
なぜ正当な評価をしてもらえないんでしょう?」

むしろ逆に聞きたい。
なんで評価してもらえると思ってるのかがわからない。
過程を評価してもらえるのなんて学校。親も。

例えば狩りに行って獲物は捕まらなかったけど私は全力で走りました。
っていう人間を評価するのか?
仕事の基本ってそういうことだと思ってる。

でもそこを全力で走ったことにより、
獲物は二度とそこを通りません。
よって次からは成功の確率がぐんと上がります。
と言って説得するのは詭弁ではなく仕事だと思ってます。

つまりは仕事とはそういうことです。

と言ったようなことを書いたら思った以上に反響があったので、

追記してみます。

「頑張れば報われる」とか「コツコツ努力する人が報われる社会」
というが報いるための原資はどこから出てくると思っているのだろうか?
昨日の狩りの例えで言えば捕まえていないのに分け前をくれって話だ。

だが実際には狩りにはいけない弱者の分もとってきて
分け与えているのが社会である。
狩りは経済で分け与えるのが政治。

狩りの効率化が進めばより弱者を救済できるようになる。
だからと言って参加しただけの人間にやみくもに分け前を与えていたら、
いくら捕まえても足りなくなる。そして獲物は有限かもしれないのだ。
(経済そのものは無限だが特定の分野は有限であることもある)

実際の社会はより複雑なので成果がわかりにくいので、
参加してるんだからくれよ〜、みたいなことになるんだろうな。
努力した、頑張っただけでは分け前は与えられません。
”なんかしらの成果”(ここ重要)をあげないといかんのです、、、

神様だってない袖は振れんのですよ、、、

というわけでマッドマックスにはいけない水曜日が終わりました。

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