2011年12月10日土曜日

OHガッツ! 雄勝町 「カキP」 -牡蛎稚貝ロープくぐり&帆立の貝通しプロジェクト-

カキP 主要メンバー 星さんのまとめです。(FACEBOOK より転載)


牡蛎の養殖のため、稚貝を付ける「牡蠣稚貝ロープくくり」と、その稚貝を付ける帆立を吊る、帆立の貝通し。通称「耳吊り」のお手伝いに3名で宮城県石巻市雄勝町へ。

震災後に撮影された雄勝地区の写真は度々目にしていましたが、実際に足を運んだのは今回初めて。リアス式海岸を象徴するような、入り組んだ湾の地区。
朝9時前、雄勝漁業復興の為、地元の漁師さんと支援ボランティアが立ち上げた団体「OHガッツ!」事務所前に到着

http://oh-guts.jp/
支援ボランティア団体「スウィート トリート代表」で、「OHガッツ!」メンバーでもあり、雄勝地区の認知度向上と再生、「グッ!」とくる町づくりの為、現週2.5回、距離にしてそろそろ地球2周分に相当する東京ー雄勝間70回以上を往復している、立花さんと対面。
Sweet Treat http://sweettreat311.org/
立花さんの指示の元、前日入りしていた5名と合流し、水浜とは対岸にある、雄勝町立浜の漁師さんの作業場へ
雄勝はその湾の特性もあり、今回の津波では湾の集落がほぼ全滅。航空地図で見ると一目瞭然。なにもかもが流されてしまってます。
http://bit.ly/qITMtU


水浜の堤防前
堤防側から
OHガッツ!事務所は先に見えるバイパスの右側の高台
高台へ向かう坂道
写真が傾いてるのではなく、家がこの角度に崩れている
右に見えるバイパスの延長にある場所からの沿岸の景色
OHガッツ!事務所横の家。バイパスの高さに建っててこの被害
湾の集落は流された家が未だそのまま手付かずの状態の場所も
今回作業をさせて頂いたお宅は海岸の目の前。道を渡れば海。
奥の木に引っ掛っている青い籠の高さ以上の津波が襲ってきた
こちらのご自宅は1300年代に建てられ、その貴重さにTVで紹介されたこともある旧家。単位で表現できないのが残念ですが、一言で表すと「お屋敷」が建っていたであろう敷地面積。作業場や倉庫も併設してましたが、全てが流されてしまいした。
上の籠がぶら下がっている写真で分かるように、10mを超える高さの海水に襲われ、自宅から倉庫まで根こそぎ流されてしまったにも拘らず、ご家族はみなさん無事だったのが不幸中の幸い。「命があって良かったと思う」と仰ってました。
そして、今回の作業
当日朝まで降り続いた雨の為、地面がぬかるみ綺麗に作業が行えないとの事で作業内容を変更。仮設作業場にて、帆立の耳吊り用のウエイトを作ることになりました。
こちらは銀鮭の養殖と牡蛎、帆立の養殖を行ってましたが、地震の約2週間後に水揚げ予定だった銀鮭1,200尾を失い、牡蛎、帆立はもちろん、漁業道具も軒並み流されてしまったので、新たな仕掛けを作らなければなりません。

仮設作業場
ロープをウエイトに括り
振り子状態に
一束20ヶでまとめていく
ロープに刺さっているオレンジのピンに帆立を刺す
このウエイトは、一本に160個の帆立が吊られたロープを沈めるおもりとして使われます。
この日9人で朝9:30頃からお昼1時間を入れて15:00までで、約2千個の仕掛けを作りましたが、普段は奥さんが一人で黙々と作っていたそうです。
一本のロープに帆立の幼貝(稚貝より成長した貝)を160個を手差しで刺し、全2千本のロープを沈めます。単純計算で320,000個の帆立をこれから耳吊ることになります。
帆立の貝を想像してください。
円状になった部分を上にすると、下3/1は台形のような形になってます。貝は2枚重ねになっていますが、その台形の1部が1枚になってる個所があり、そこへロープに差し込まれたピンを二人一組で1個ずつ手差しで刺していくそうです。「耳吊り」と言われる所以が分かります。
これを11月末から着水を始め12月末から年明けにかけて作業するのですが、同作業×「OHガッツ!」メンバーの漁師の皆さん分。と、なるので作業量は膨大です。
避難所生活を余儀なくされ、自身が住んでいた土地の清掃は元より、漁船も流された為、地方の有志から譲り受けるため、船を地方へ引き取りに行ったのち、その船を整備をしながら本業の準備をする。休む暇なく全員が活動していますが、それだけの作業をするには絶対的に人手が足りてないのが現状です。
今回、牡蛎の稚貝くぐりは出来ませんでしたが、仕掛け作りはもちろんのこと、清掃作業や撤去作業など、漁業以外にも手伝えることがまだまだありました。
大槌川の清掃で「マンパワー」が増えれば、小さな一歩が大きな一歩になることを経験しました。受け入れる側のキャパや体制を尊重するのは大前提ですが、7か月を過ぎた今でも3,4か月後から進歩してない地区が存在してます。
そして東北全域はこれから厳しい冬が到来します。物理的にボランティア始め支援の手がまわり難い季節になるのに、まだまだ多くの地域では支援が必要です。雄勝を始めとした小規模地区は人の集まりも少なく、注目度が下がりがちになるので、風化しないように少しでも多くの人にこの現状を知って欲しいと心から思います。

この堤防も2時間後の満潮時には完全に水没するほど地盤沈下している
水没後
復興以前に復旧すらしていない。手前の土嚢は海抜0m
石巻図書館分館屋上に流され放置されたバス
積み上げられた瓦礫は学校の体育館以上の大きさ
屋根にトラックの荷台
ひび割れてそのままの建物
 水があるべきではない場所
水面から伸びてる電柱
道中、最もショックな景色でした。ここは元々畑。川でも池でもありません。
土手向こうの北上川が氾濫し水没。未だ水がはけないままなのです。
水面から電柱が出ている場所は農道。元の景色が全く想像できない状態です。ここまでになると幾ら個人が集まったところでどうにも出来ないレベルであり、正直ただ呆然と眺めるしかありませんでした。
この「かきP」はこれまでの清掃作業や撤去作業の一歩先の、復興経済支援であり、活動目的が分かりやすいと感じます。
なかなか現地に入れなければ、こんな支援の手段もあります。(一度は要来雄勝ですが)
http://oh-guts.jp/sodate/index.html
色々探すと色々な支援の情報は容易に見つかる筈です。
今回お手伝いさせて頂いたこちらのご夫婦は、とても明るく色々お話して下さいました。
「仕事、やること、動くことが出来ないのが一番辛い、だからやることあるだけマシ」と、誰よりも前を向いてます。この震災でどこにお邪魔しても皆さん言うことは同じです。
手伝いに行ってるのに、こちらが元気付けられて帰ってきます。毎回。
そんな方々が後ろを気にせず生きていけるように、必要とされる限り支援し続けていこう。

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